書籍の内容
恋愛と開化はなぜ似るか。—— 吸引する謎、勧誘する人々、そそのかしと思いがけぬ心、催眠術と感化の不思議……。理論と実作をつらぬく独自の 〈心〉 を めぐる探究に、漱石文学の隠された 〈鍵〉 を見いだし、同時代の知的文脈との対照からその世界性を明証する力作。
「暗示(あんし)」とは
本書は、夏目漱石の文学的営為の背後に、「暗示(あんし)」の理論と方法を読みとり、それが漱石の理論と実作の総体をつらぬく鍵であったことを明らかにするものである。この「暗示」の理論は、漱石が、当時の欧米における心理学的思考の発展を踏まえつつも、独自に考案したものであり、集合的な次元から個人的次元にまで、言い換えれば「開化」から「恋愛」にまでいたる、心の伝達、心の変化、無意識(的記憶)などの現象を説明するものであった。それのみならず、漱石の初期作品から晩年の『心』や『明暗』までの実作においても様々なかたちで方法的に実践され、文学の作用の核心にあるものとして位置づけられていたのである。本書では、この暗示の理論と実践を漱石のテキストの丹念な読解と、同時代の知的コンテキストの復元によって示し、漱石研究に新紀元を開く力作である。
書籍の目次
第1章 吸引する漱石/先生
1 「先生」 と 「私」 の 「恋」
2 漱石と弟子たちの 「恋」
3 自滅に至る 「感化」
4 謎をかける 「先生」
第2章 勧誘する人々
1 赤シャツの勧誘 —— 『坊っちゃん』
2 「謎の女」 —— 『虞美人草』
3 白い眼の運動 —— 『坑夫』
4 謎と眼付と官能 —— 『三四郎』
5 「謎の目」 の魔力 —— 鷗外の容喙
6 催眠術の時代
第3章 暗示とは何か
1 吸引する謎 —— 『夢十夜』
2 心の 「明/暗」 —— フロイトとの接点
3 『文学論』 第5編の 「気焰」
4 暗示の時代 —— 19世紀末の “suggestion”
5 主語のない暗示 —— 『硝子戸の中』
第4章 『心』 と 『明暗』
1 暗示し合う友達 —— K と 「私」
2 暗示者としての静
3 いかにして暗示は発生するか —— 『明暗』
4 「因縁」 としての暗示
5 『文学論』 のエロス
6 「因縁」 は 「因縁」 を生む
第5章 シェイクスピア的そそのかし
1 志賀直哉の不満
2 悪漢、魔女、幽霊のそそのかし
3 「観念の聯想」 の手法化
4 思いがけぬ心 —— 「人生」
5 狸は人を婆化すか —— 「琴のそら音」
第6章 ギュイヨー、ベルクソンを読む
1 「伝染的影響力」 の法則
2 「恋情」 をめぐる東西文学の相違
3 「意味表示的/暗示的」 と 「第一f/第二f」
4 「根源的な自己」 と催眠術
第7章 若年の翻訳 「催眠術」
1 「遣つた後で驚いたんです」
2 原典 「催眠術といかさま」 を読む
3 原著者ハートの企図
4 訳者漱石の手腕
第8章 「開化ハ suggestion ナリ」
1 「矛盾」 を説明する志
2 「男女の愛」 と 「仏国革命」
3 甲羅のはえた暗示
4 日本の 「F」 の方向転換
5 「chance」 を減らせ
第9章 『文学論』 の世界史的意義
1 『文学論』 の先駆性
2 ロシア・フォルマリズムとの岐路
3 暗示の戦いと 「文学の進化」
4 I・A・リチャーズとの共振
5 トルストイへの褒貶
第10章 実験小説と俳句・連句
1 三重吉 「千鳥」 と 「倫敦塔」
2 連句的小説としての 「一夜」
3 寺田寅彦への伝授
4 「心の底」 を呼び出す


